第28章 狐の化かし合い(光秀さん)(R-18)
「光秀様っ」
吐き出すように呼ばれた名に、撫でる手が止まった。
(今、俺の名を口にしたのか?)
舞のどこにも、そんな素振りは無かった。
打ち解けたように話をしていたが眼差しはしっかりしていたし、思わせぶりな言動や含みもなかったはず。
何よりも三成のような純粋な男を好いていた女が、悪い噂しかない俺に想いを寄せるはずがない。
(抱いて欲しいための方便か?それとも言い間違えただけか?)
顔を見て確かめようにも舞は俺の胸に張り付いているので、つむじと額くらいしか見えなかった。
「三成様は初恋の方ですが、お似合いの姫様がいらっしゃいますし、裏の仕事に片足つっこんでいる人間が想いを寄せること自体、分相応だと……」
(三成を目で追っていたのは少々の未練で、片恋は終わらせていたということか)
光秀「真相を知らずに案内係をしていただけだ。そこまで悪どいことをしていたわけじゃないだろう。
三成を呼んでいたわけは?」
「ずっと……心の中では光秀様を呼んでいました」
舞の身体の熱が触れている部分から移ってくる。
光秀「俺だと気づいていたのか。
薬に押し負けて三成を呼んでいるのかと思っていたぞ」
「私が勘違いしていると思えば、光秀様が触れてくれるだろうと思ったからです。
あなたは自分に恋焦がれている女性に手を出さない人です、きっと。
最初から光秀様を呼んでしまったら、相手に…っしてくれな……から、だから、あなたを三成様だと勘違いしているフリをしたんです…っ」
顔を押し付けられている箇所の着物が、ジワリと濡れた。
(終始泣いていたのは恋しい男ではなく、他の男の名を呼ぶしかない悲しさゆえか)
茶屋の娘に欺かれるとはぬかった。だが舞は最初から敏く、言葉に物を含ませられるような女だった。
年齢にそぐわない肝の座りようで計画に加担したばかりか、重ね着をして、応急で作った紐まで忍ばせていたというから、勘の鋭さと頭の回転の良さは間諜なみだ。
そして今もだ。
薬に冒されてもなお頭を働かせて、恋しい男に抱いてもらえるよう謀った。
光秀「俺を騙すとは恐ろしい娘が居たものだ」
化かし合いに負けたのはいつぶりだろうか。本心からそう言ってやると舞は泣き笑いをこぼした。