第28章 狐の化かし合い(光秀さん)(R-18)
「身内だからと、この6年間お給金を一文も払わず、その前金とやらも私の元には入ってきませんでしたが、どういうことでしょう?」
店主を煽るだけでなく、店主の行いを客に教えて信用を失わせるのが目的だ。
どちらかが反応してくれれば時を稼げる。一番良いのは客が同情して引いてくれることだけど、果たしてどうなるか…。
店主「この守銭奴め!黙って2階に行かないかっ」
「行くわけないじゃないですか!」
客が居るのも忘れて私達は睨みあって、互いに一歩も譲らない。
私の場合は譲れない。
ここで隙を見せたら操(みさお)は奪われてしまうんだから。
客「舞殿。事情は分かりましたが私が金を払ったのは事実です。
さあ行きましょう」
「い、嫌です!」
客の男は私の味方にはなってくれず、ゆっくり近づいてきた。
暗がりに見えたのは長い前髪で顔半分が隠れた、見覚えのない人だった。
声からすると若い男だ。店主の行いを聞いても動じないとなると、常識的な考えの持ち主じゃない。
すらりとした長身と静かなたたずまいは、風に揺れる柳のような……妖しさがあった。
(何、この人…。ただ者じゃないわ。
見初めたって言うからには昼のお客?
私に惚れたなら何度か来店していてもおかしくないのに、全然記憶にないっ)
見初めたという話に疑問を覚え、近寄られた分だけ後ろに下がった。
客「そんなに嫌がられると傷つきます。
ご主人、あれを1つ貰えますか?代金は後ほど払います」
店主は懐から例の薬を1つ取り出して、嬉々として渡した。
店主「ごゆっくりどうぞ。あ、戸口に待たせている従者の方には刻限を告げて、一度帰ってもらってください」
客「わかりました」
男は裏口から顔だけ出して、『夜明けの頃に』と告げた。
(何、勝手に決めてるのよ)
こっちは夜明けまで一緒に居るつもりは毛頭ないと憤っていると、店主に手首を掴まれた。
「きゃっ」
店主「逃げられては困るぞ。
無事に済んだ時には残りの金を払ってもらうことになっているからな」
「何が無事に済んだ時よっ!」
手を振りほどこうとしても店主の力は驚くほど強かった。