第28章 狐の化かし合い(光秀さん)(R-18)
「それにしても突然着替えろなんておかしいな…」
しかも着物は一級品だし、理由もなく店主が買い与えるとは思えない。
ここ数か月間、光秀様から『普段と違うことを見たり聞いたりしたら教えろ』と言われていた。
上質の真新しい着物。
(これは『普段と違う』よね)
どうしようかと考えを巡らせた。
光秀様に知らせたいが、こちらから連絡をとる手段はないし、きっと今夜のために忙しく準備をしている頃だろう。
(不審を感じたら直感を信じろ、だよね)
別れ際、光秀様に言われたことを反芻し、時間がない中で必死に考えた。
「着飾って……客に売ろうとしている、とか?」
想像してしまったら膨らんでいた夢が一気に萎んだ。
(浮かれている場合じゃない!)
間違っているかもしれないけど備えておいて損はないと、身の回りで使えそうなものを探した。
結び終えていた帯を解き、襦袢の下に湯文字をきつく巻き付けて、だて締めで複雑に縛った。
その上から襦袢を重ね着して、それぞれの紐を硬く結んだ。団子状になっている襦袢の紐を確認し一息ついた。
(よし、これで着物を脱がされそうになったら時間稼ぎできるわ)
その後、使っていないだて締めを数本出して硬く編み上げて1本にしていると、
店主「おい、まだか?」
襖の向こうから声がかかり、心臓がドクっと跳ね上がった。
「すみません!着物があまりにも素敵だったので眺めていました。
もうすぐ終わりますから!」
店主「ったく、これだから女はめんどくせぇ」
店主が階段を降りていく音がしても、胸の動悸はおさまらなかった。店主がわざわざ私の部屋まで様子を伺いに来たことなんてない。
これも『いつもとは違う』ことで、客に売ろうとしている私が逃げていないか確認しにきたのでは?と嫌な予感がした。
(光秀様が店に踏み込んでくる時間まで凌ぎ切れるかな)
編み上げた紐を袂に忍ばせて、急いで仕度を終わらせた。