第28章 狐の化かし合い(光秀さん)(R-18)
「では、これで失礼致します。ごゆっくりどうぞ」
姫「お仕事がんばってね」
「はい、ありがとうございます」
今日も昼の仕事は終われば夜の仕事が待っている。
ありがたい励ましの言葉が心に重く響いた。
(さ、仕事だ)
気持ちを切り替えて東側の席に足を向けた。
「お待たせしました。ご注文は?」
姫様と三成様が座っている席とは真逆の、ぐるりと回りこんだところに男性は座っていた。
日差しが強い時間帯とあって編み笠を深くかぶっている。
?「茶をひとつ」
「かしこまりました」
にぎわう茶屋の雰囲気とは一線をひいて静かな空気を纏っている。
(この方、どちらかというと夜のお客様みたい)
お茶を淹れて店の出入り口を出ると、姫様と三成様が帰るところだった。
手をつないで歩いていく後ろ姿を微笑ましく見送り、男のもとにお茶を運んだ。
「お待たせしました」
男はお茶を受け取ると美しい所作で口に運び『少しいいか?』と聞いてきた。
「…何か?」
男「お前と話がしたい」
看板娘をしていると、初対面の男に馴れ馴れしく話しかけられることは珍しくない。
仕事が終わったら逢瀬に行かないかとか、今度の休みはいつなのか?今度贈り物をしたいから欲しいものはないか。など。
でもこの男の場合は、そういった軟派な話ではない気がした。
店主に怒られると断ろうとしたが、運悪く店の奥に引っ込んで姿が見えない。
(こんな時にどこに行ったのよ)
余計な時にはうろついているくせに肝心な時に居ない。
仕方なく頷くと男は少しだけ顔を上げ、傘に隠れていた顔が露わになった。
(明智光秀様!?)
仕事ばかりしている私でも知っている有名なお人だ。色気漂う良い男ぶりで、店の前を明智様が通っただけで女性客が色めき立つ。
何より店主が顔色を変えるほどに、非常に恐れていた。