第26章 魔女の薬(共通ルート)
「わかっています。私の方こそ軽率でした。
あの、それよりも少し着物を緩められてはいかがですか?とても辛そうです」
兼続「……やめろ」
ギリと歯を食いしばる音がして、手ぬぐいを差し出そうとした手が止まった。
兼続さんは顔を背け、表情を隠した。
胸を押さえている手にも汗が浮かんでいる。
兼続「お前の言葉や行動、全てが毒だ。
その手ぬぐいに残る体温と香りも、思いやりの心も全て」
冷静と興奮の狭間で吐き出された言葉には切実さがこもっていて、私は手ぬぐいを引っ込めた。
(兼続さんが抑えこもうとしている衝動を、私が刺激しているんだ)
「ごめんなさい。一緒に居ると辛いんですよね。
お付きの人の部屋に行きますね」
兼続「ダメだ」
部屋を出て行こうとするのを鋭い声が引き留めた。
兼続「今夜の舞は宴で注目されていた。諦めきれない男達が部屋の外で待ち構えているはずだ。
付き人の部屋に到着する前に襲われる可能性がある」
「え……」
身を守るにはあまりにも頼りない襖。
その向こうで私を狙っている人達が居るかと思うと身が竦んだ。
兼続「はっ……ここに居れば安全だ。
この体たらくだが俺は謙信様より、お前の護衛を任されている」
「で、でも、兼続さんだって辛いのでしょう?」
兼続「今を凌げば良いだけのこと。余計なことをせず、そこに座っていろ」
逸らされていた顔が一瞬だけこちらに向いて、すぐにまた逸らされた。
異性が視界に入ることさえ苦しんでいる人に、これ以上の負担を強いたくない。
「わかりました。じゃあ、そこの衝立(ついたて)の向こうに居ますので、よっぽど辛かったら呼んでください」
兼続「辛いと声をあげたら、どうするつもりだ。
恋仲でもない男を慰めるつもりか」
「っ」
苦しげな吐息をもらす口から、ハッと短い笑いが吐き出された。
兼続「行け。そして何もしゃべらず、じっとしていろ。
気配さえ消して、いっそのこといびきでもかいて眠ってくれ」
「は、はい!」
媚薬で苦しむひとに『辛かったら呼んでください』なんて、考えナシだった。
これでは誘惑を囁いて相手を苦しめる悪魔と変わらない。
(ごめんなさい、兼続さん!)
あとでちゃんと謝ろう。
そう考えながら衝立に隠れて息を殺したのだった。