第22章 あの夜に触れたもの(謙信様・誕生祝SS)
(姫目線)
出会った頃の謙信様は暗い目をしていて、お酒と戦が大好きで、それ以外は世を儚んでいるような、そんな危うい方だった。
周りは謙信様を毘沙門天の化身と湛えて畏怖の目を向けていたけれど、私はそう思えなかった。
あなた達は何故、主が苦しんでいると気づかないの?
軍神と呼ばれてとても強い方だけど、人間なのよ?
死に急ぐあの方に惹きつけられて放っておけなかった。
(謙信目線)
佐助の同郷だと現れた女は、臆することなく俺に話しかけ、無遠慮に顔を覗き込んできた。
澄んだ眼差しが心の奥まで届いてきて戸惑った。
虚無の心を覗き込んでどうする気だ。
適当にあしらっていたが、安土の姫だったお前は突然春日山に来たいと言い出した。
なんとかしろと無理難題を押し付けられて、何だこの女はと思ったのは仕方あるまい。
俺の前でこうも好き勝手、我儘を言う女は居なかったのだから。
だが何故か追い払う気にはならす、信長から強引に奪い取って春日山に連れて来た。