第1章 日ノ本一の…(上杉謙信)(R-18)
手紙の差出人は何度見ても謙信様だ。
あの件以来、なんのやり取りもしていなかった。
(どうしよう…怒っていらっしゃるよね…)
ごくりと唾を飲みこみ、意を決して文を開いた。
『静華。お前の本当の名を聞いた時、あまり合っていないような気がしたのは俺だけだろうか。
男装して城にあがり、男達に囲まれて過ごし、俺の刀を受けて泣きわめくどころか楽しそうにしている姫など、日ノ本中を探してもお前だけだろう。
名前負けしているとは言わないが、もう少し淑(しと)やかにしたらどうだ?』
(くっ……何よ、しょっぱなから嫌味が書かれているじゃない!)
私を抱っこしている兄上にも文の内容は見えているようで、ぷっと吹き出している。
『事情を知らせず城から追いやって悪かった。お前が臥している間、捕らえた者を白状させたところ、狙いはお前だとわかった。
これ以上城に留めておくのは危険だと判断し、城から出す時は女の身なりをさせ、尚文は俺の部屋で治療を受けていると見せかけて相手を攪乱した』
(このあたりは父上から聞いた通りだわ。でも今更なんで…)
逸る気持ちで読み進める。
『尚善はお前が言っていた通りの男だったが度胸に関してはお前よりも腑抜けだ。
斬りかかったら腰を抜かしたぞ?』
「兄上……腰を抜かしたというのは本当ですか?」
じと目で睨むと兄上は明後日の方を向いて言い訳をした。
兄「挨拶の場でまさか斬りかかってこられるとは思わないだろう?」
「何を言っているんですか、それが謙信様でしょう?私はちゃんと受け止めましたよ?」
兄「お前がおかしいのだっ!」
「フフ」
笑いながら文に目を落とす。
『お前が居なくなり、楽しみが減った。尚善や他の小姓が飾る花はどこか物足りず、お前が折った和紙の花も傷んでつかえなくなってしまった』
(謙信様……)
気のせいだろうか。文面から『寂しい』という気持ちが伝わってくる。
そんなこと言う人ではないと知っているのに…。