第1章 日ノ本一の…(上杉謙信)(R-18)
兄上は案内だけで一刻かかる春日山城で迷子になっていないだろうか
私が片付けた小姓の仕事部屋で、今頃書面の整理をしているだろうか
たくさん居るうさぎ達の中から梅を…見分けられるだろうか
謙信様のお部屋のお花を…綺麗に生けてくれているだろうか…
ジワリと涙が浮かんだ。
(お別れの挨拶もできなかったな……)
父上「まだ毒の影響が残っている。しばし安静にしていろ」
父上は布団を掛けなおしてくれて、母上を連れて立ち上がった。
母上が部屋を出る前に思い出したように足を止めた。
母上「そこに掛けてある晴れ着をお館様が贈ってくださったのよ。
姫の腕に、痕が残るような傷を負わせて申し訳ないと謝られて……義理堅いお人ね」
母上が示した方に視線をやると、襖がパタンと締まった。
「………」
(火の番をしたいと言ったのは私なのに)
謙信様が謝る必要はない。
尚文「姉上が運ばれてきた時に俺の刀が無かったんだ。文を書いて兄上に探してもらったんだけど春日山城には無いって言うんだ。どこにあるか知ってる?」
「刀……?毒矢を受けた時に使ったけど……」
流した血で手を滑らせて地面に落としてしまった。
(女の血で染まった刀など…きっと捨てられてしまっただろうな…)
「ごめんね、処分されたかも……後で、私から父上にお願いするね」
尚文「っ、姉上、泣かなくてもよいです。そのくらい私から父上にお願いしておきますから、ユックリ休んでください」
「卵粥……」
尚文「え?なんですか?」
「うちの卵粥が食べたい」
心配顔だった尚文がしかめっ面になった。
尚文「起きた途端食い気に走るとは、流石姉上です。ですがお館様にも『姫に好きな物をたくさん食べさせて精をつけてやれ』と言われているんです。すぐに作らせるので待っていてくださいね」
「うん」
尚文「姉上がしおらしいと調子が狂います。早く良くなってくださいね」