第1章 日ノ本一の…(上杉謙信)(R-18)
ギィン!と刀と刀がぶつかり合う。
(死ぬ時は身体を伏せて丸めなくては…)
奪った手裏剣と苦無を軒猿が見れば、どこの手の者かわかるはずだから。
目の前の男達に奪い返されないように丸く、丸くなろう…。
1人を相手にすればもう一人が仕掛けてくる。
それを避け、応戦しながら思う。
この人達の刀を避けるのは楽しくない
この刀捌きは…美しくない
鼻の奥がツンと痛んだ。
(そうか…私…謙信様のこと……)
春日山に来てからのことが走馬灯のごとく通り過ぎる。
(仕事じゃなかったんだ。謙信様のためにしたことは全部…全部……)
あなたに惚れこんでいたからだ。
恋なんてしたことがなかったから死を間近に感じるまで気づけなかった。
忍び2「ええい、面倒!これ以上は時間をかけられん!」
二人同時に攻撃され、肩と足を狙われた。
忍び3「覚悟っ」
毒で足が言うことをきかない。
もうこれでおしまいだ。
(父上、母上、兄上、尚文……ごめんね)
役に立てなかった。
(ごめんね)
無意味な防御姿勢をとった時、不意に声がした。
謙信「……俺の持ち物に何をしている?」
場にそぐわない静かな声が、恐ろしいほどによく響いた。
刀を振りおろそうとしていた男は脇腹を蹴られて横に吹っ飛び、もう一人の男を巻き込んで地に転がった。
謙信「佐助、捕えろっ!」
鋭く指示を出す声に心が震えた。
(なんでここに…)
城の奥で手厚く守られているはずの人が、なんでこんな危険な場所にいるんだろう?
佐助殿を目で追っている横顔は間違いなく謙信様で、湯浴みの名残で髪が濡れて水が滴っている。
茫然としていると佐助殿が戻ってきた。
佐助「捕縛しました。尚文さん、三人だったんだよね」
「はい」
佐助「こっちはもう良いから早く手当をしてもらって」
「わかりました」
佐助殿は縛り上げた三人を連れて、どこか…おそらく牢屋へと歩いていった。
城壁の向こうから残党が居ないか探っている大勢の声がしている。