第16章 輝く世界(慶次)
――――
信長「入るぞ」
「どうぞ」
夕餉の時刻、自室の襖がスラリと開いた。
事件以来、女中さんが持ってきた食事に手をつけなくなった私を案じて、交代で武将の誰かが食事を持ってきてくれるようになった。
人に敬われる人達ばかりなのに申し訳なかったけど、素直にありがとうと言えなかった。
安土に無理やり連れてこられなかったら事件は起きなかった。
そう思うと感謝の気持ちは雪のように儚く消えた。
空気が動いて、夕餉の香りと……初めて嗅ぐ香の匂いがした。
「?」
微かに聞こえた、もう一人の足音。
(信長様は誰を連れてきたんだろう……)
安土の武将達ならば入って来る時に声をかけてきそうなものだけど、それはなかったから小姓だろうか。
信長様が私の正面に座る気配がした。
信長「転んで頬を打ったそうだな」
「このくらい平気です」
家康が直々に手当してくれた頬は腫れて熱を持っていたけど、出血していないだけマシというものだ。
視力を失う前に見た最後のもの。
自分の血が脳裏に焼き付いて離れない。
血の赤は命の証だ。もう血を失いたくない。
信長「女中を信用して手を貸してもらえ。お前にあてがった女中達は光秀に調べさせ、確かな者たちばかりだ」
「はい」
(調べた時点でシロでも、その一瞬後にクロになることだってあるでしょう?)
頭の中で、この時代にはないリバーシの石が白から黒にクルリと変わった。
どう言われようと信用できない。
信長「貴様、毎度素直に返事はするが、いうことを聞いておらぬだろう」
「私が『はい』と言わなければ、信長様は退いてくださらないと知っているからです」
信長「貴様、以前の素直さはどこへいった」
「『あの時』にお吸い物と一緒に畳に染み込んで、乾いてしまったのでしょう。
それに事件前、私は信長様と二度しかお会いしたことがありませんでした。素直だったかなんてわからないのではないですか」
ぷっ、と第三者が吹き出した。