第16章 輝く世界(慶次)
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安土城に連れてこられてひと月足らず。
食事に毒を盛られるという戦国時代の洗礼を受け、視力を奪われた。
盛られたのは強い神経毒で、毒に慣らしていない身体で命を取り留めたのは奇跡だと言われた。
(奇跡……か……)
目を空ければすりガラスのような世界。
光は感じられる。顔を近づければ多少色がわかる程度。
毒を盛った犯人は信長様に恨みを持っていて、気に入りの姫を殺せば精神的苦痛を与えられると考えたらしい。
私は信長様の気に入りの姫なんかじゃなかった。
本能寺で命を助けたのがきっかけで安土に連れてこられただけで、その後は一度しか顔を合わせていない。
そんな薄い関係を勘違いされ視力を奪われた。
せっかく針子の仕事を紹介してもらったばかりだったのに、何一つ縫い上げないうちに針を持てなくなった。
「何もできなくなったのに奇跡……ね」
誰にとっての奇跡だというのだろう。
私はこんな状態の自分が奇跡だとは思えない。
犯人は私付きの女中だったこともあり、また何かされるのではないかと怖くて身の回りのことを頼めなくなった。
トイレやお風呂も一人で行くように努めた。
転んだりぶつけたりして身体のあちこちが痛む。きっと青あざがたくさんできているだろう。
遠巻きに見守っている女中さん達から『おかわいそうに…』という言葉が聞こえる度に唇を噛んだ。
人のことを勝手にかわいそうだなんて言って欲しくない。
(私の苦しみは私しかわからないでしょう?)
かわいそうか、かわいそうじゃないかなんて、自分で決める。
客観視してもかわいそうな事態だとわかっていながら…怒りが渦巻く。
毒は身体だけでなく心まで黒く染めて、私はこの世全てに背を向けた。