第14章 9月の夏休み!(謙信様&光秀さん)
謙信「そうだな。人も自然も、当事者にしか理解できぬものがあろう…」
遠くを眺め、何かを考えている横顔は儚げで綺麗だった。
(またこの表情だ……)
時々謙信様はこういう雰囲気を漂わせ、何かを憂いている。
謙信様の周りだけ世界は寂しげだ。
気になるけど踏み込んで良いのかわからず、いつも見守るだけで終わってしまう。
(謙信様の憂いをいつか教えてもらえる日が来るかな。
本当の苦しみは謙信様にしかわからないだろうけど……)
風で舞い上がった髪を耳の後ろで押さえた。
昼間に見た透き通った世界。
永遠に寄せて返す波の音が、素直な気持ちをスルッと言葉にしてくれた。
「ここの美しい景色が、謙信様の憂いを全部消し去ってくれれば良いのに…」
二色の瞳が見開かれた。
(しまった……つい……)
口からこぼれた本音は戻って来ない。
「す、すみません、今の言葉は忘れてください。
じゃあごゆっくりどうぞ!」
謙信「おい……」
無かったことにしてもらいたくて、逃げるように背を向けた。
ところが身体は反転し、気が付いたら謙信様の腕の中だった。
シュノーケリングの時よりもお互い軽装だから、温もりがダイレクトに伝わってくる。
(抱きしめられてるっ!?)
突然の状況に頭が追いつかない。
謙信「少しこのままでいさせてくれ。
舞と共に居ると、時々心が乱れて苦しくなる」
「え……」
謙信「だが同時にお前に触れると苦しさが薄らぐ」
「そ、そう言ってくださるのは嬉しいのですが私の心臓がモチマセン」
動揺して会話が片言(かたこと)になり、謙信様がくすっと笑った。
謙信「そういうところにもたまらなく心乱される」
砂糖の袋にブスッと大きな穴が開いたらしい。
「謙信様、こういうことは恋仲の女性としなきゃ……」
謙信「傍に女を置かないと決めている」
「何故ですか?それに女の人を遠ざけるのに、なんで私とは親しくなりたいなんて言ったんですか?」
謙信「それは『まだ』言えない」
綺麗に笑った表情は、酷く寂しげだった。
「ごめんなさい。無理に答えなくて良いです」
(余計なこと言っちゃったな)
誰だって踏み込まれたくない悩みや傷はあるだろうに。
胸の中でもう一度謙信様に謝った。