第14章 9月の夏休み!(謙信様&光秀さん)
汗を吸った襦袢が気持ち悪く身体に張り付き、帯の下はぐっしょりで汗疹(あせも)が出来そうだ。
不快のあまり口数も減る。
せっかく光秀さんからのお誘いなのに、眉間に寄った皺はとれず笑う気力も出てこなかった。
光秀「お前が物を食べている時に仏頂面をするなんてな。相当参っているだろう?」
「とにかく早く着物を脱ぎたいです」
お茶を飲んでいた光秀さんの動きがピタリと止まった。
光秀「誘っているのか?それならそうと早く……」
「違いますからねっ!?」
かぶせるようにして否定すると、光秀さんがクスッと笑った。
光秀「日が傾いてきた。もう少し辛抱しろ」
切れ長の瞳が柔らかく緩んだ。
こんな顔をする時もあるんだと小さな発見に嬉しくなる。
「はい…」
世間話をしながら暇をつぶしていると、ひとりの男性客が入って来た。
(あ!謙信様だっ!)
久しぶりに目にした姿に胸が騒いだ。
またお忍びで安土にきたのだろうか。
こんな暑い日でも謙信様は冷涼(れいりょう)な佇まいだ。
光秀「これは思いも寄らぬ大物が現れたな。見回りをかいくぐってどこに潜んでいたのやら」
さっきまでの優しい眼差しは鳴りをひそめ、鋭いものに変わった。
謙信様を真っ直ぐ見つめる横顔は、いつも通りと見せかけて、張りつめた雰囲気をまとわせている。
(まずい……)
謙信様もこちらに気が付いて顔をしかめている。
一触即発のヒヤリとした雰囲気が漂う。
謙信様が踵を返してくれれば、事はおさまったかもしれない。
でも何を思ったのか、お店の人と二言三言言葉を交わして、こちらに歩み寄ってきた。
(え……‥?こっちに来る気なの?)
混乱しているうちに謙信様は目の前で立ち止まった。
ジロリと上から睨(ね)めつけられて、口に入っていたキュウリを噛まずに飲み込んでしまった。