第13章 姫がいなくなった(信長様)(後編)
信長「痛くない。それより貴様は良い香りがするな」
「そうですか?」
信長「……このままで居ろ」
「はい」
目を閉じて、腕に抱いている舞の存在を味わう。
香り、重み、伝わってくる鼓動。
500年先の世に行ってしまったのなら最早手にする事はできないと、半ば諦めていた。
抱く腕に力をこめる。
どこにも行くなと言いたいところだが、おそらく過去と未来を行き来する力に舞の意志は関係ない。
今後も忽然と姿を消す可能性はある。
(こやつをこちらの世に結びつける方法はないのか……)
今回は運良く戻って来られたようだが、次回もそうだとは限らない。
「あの……信長様?」
時が立っても黙りこんでいる俺を訝しんだのだろう。
寄りかかっていた身体を起こし、顔を覗き込んでくる。
信長「……」
「……」
舞の黒の瞳に、己が鏡のように映りこんでいる。
風が吹き、藤の花と新緑の香りが通り過ぎていく。
「あの………」
信長「なんだ」
「………お腹がすきませんか?」
何の脈絡もなく腹具合をたずねられ面食らった。
舞は何やら手を動かして、『すかーと』の中から何かを取り出した。
気が付かなかったが収納する場所があるようだ。
キラキラと輝く水色の包みを渡された。
続けて銀色の紙に包まれた、小さな四角い板を渡された。
「非常食用に持っていたものです。こっちがマカダミアンナッツと言って、外国の木の実です。四角い包みはチョコレートです。
腹が減ってはなんとやらです、食べ慣れないでしょうけど、どうぞ食べてください」
信長「腹が減ったとは言っていないが…」
舞はまたゴソゴソやって、自分の分の食料を取り出している。
「私のせいで朝餉を食べ損ねてしまったでしょう?遠乗りしたのに水分も摂っていませんし…。お腹が空っぽだとマイナス思考になると思うんです」
信長「ふっ」
『マイナス思考』が何かわからなかったが、つまりは腹が減っていては頭が働かないと言いたいのだろう。
舞を真似て、包みを指でちぎる。