第10章 姫がいなくなった(幸村)
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次の日の早朝。光秀一行の見送りをしに城門まで足を運んだ。
幸村「じゃあな、気をつけて行け。これは昨日の酒の礼だ」
光秀の家臣に重箱を包んだ風呂敷を渡してやる。
中身はおにぎりだ。
幸村「光秀の分は他の奴らよりでっかいからすぐわかる。
卵焼きと梅干しと昆布の佃煮、それと沢庵が入ってる」
嫌がらせのように具を入れてやった。食べやすさなんて二の次、三の次だ。その綺麗な指先が米粒まみれになれば良い。
家臣「もしや幸村様がお作りになったのですか?」
重箱を受け取った光秀の家臣が驚いている。
幸村「あったり前だろ。昨夜急に帰るって言い出したから、お前達が帰るのを知ってるのは俺だけだ。
こんな朝早くに叩き起こして飯炊きしろなんて可哀想だろう」
実は昨夜の酒が残っていて頭がズキズキ傷む。
けど昨夜の話は、二日酔いを押してでも見送りにでなければと思わせる内容だった。
光秀「律義な男だな。俺達が出立したら水を飲んで二度寝しろ」
俺の二日酔いはお見通しだと、余裕たっぷりに笑われた。
幸村「ぐ…。なんのことだ。せっかく早起きしたんだから村正と散歩に行く」
光秀「おや、正直者の幸村もたまには嘘を言うのだな」
幸村「!いーから、早く帰れっ。もう二度と来るなよ」
光秀の馬の尻を叩いてやろうか。
光秀「まあ、そうカッカするな。舞の心配事は俺の心配事だ。
たまに顔を見に来てやる」
幸村「…いらねー。来なくていい。お前がここに来ること事態が俺の心痛になる」
ズキズキ傷む頭で目一杯の拒否をする。
光秀は切れ長の瞳を弓なりにしてニッコリと笑った。
(この顔っ…、何を言うつもりだよ…)
胡散臭さが倍増した。
光秀「そうかそうか、そんなに歓迎してくれるとは痛み入る」
幸村「お前なぁ~~、わざと言ってるだろっ」
光秀「俺の耳にはそう聞こえたのでな」
幸村「耳がおかしいんじゃねぇか、お前…」
このやり取りももう直ぐ終わりかと思うと、少し、本当に少しだけ寂しい気がした。