第10章 姫がいなくなった(幸村)
『光秀さんって良い匂いがするの!すっきりしたなんとも言えない良い香り♡』
(これがそうか…)
冴え冴えとした香りは嫌味がなくて良い香りだ。
複数の香を組み合わせなければこの香りにはならないだろうから、おそらくこの香りを身に纏っているのは光秀だけだろう。
さらに気になるのは香りの強さだ。そんなに強い香りじゃないから、ある程度接近しなければ香らないはず。
(どんだけ光秀に近づいたんだよ、舞は!)
俺が知らないところで近づいただろう二人に、むかついた。
特にこだわりのない香をつけている自分にも、なんだかむかついてきた。
どうして俺は目の前にいるような大人の男じゃないのか。
(仕草も思考も、背の高さも、声の低さも!!)
髪だって普通より少し茶が多いくらいで、平凡だ。
モヤモヤした気持ちが上がってこないよう、酒を飲んで誤魔化した。
光秀「恋仲の相手が一番苦手とする男が俺だったから、だから舞は俺のことを話して聞かせていたのだと…俺は思うぞ?」
幸村「……?」
光秀「知らないから余計苦手、わからないから嫌う。
だったら教えてあげれば良いじゃない…あの娘はそう考えた」
幸村「そんなこと……」
なに言ってんだと言い返したかったけど、できなかった。
光秀「お互いを知り、仲良くなって欲しいが、その機会はほぼ無いに等しい。
ならば安土の武将と幸村、双方を知っている者が話して聞かせて垣根を低くしようと、あいつなりに頑張っていたんだ。
………まさかその行為が幸村の嫉妬を呼ぶとは考えずにな」
光秀ははっきりと『嫉妬』と言った。
幸村「嫉妬なんかしてねー」
ふいと顔をそらした。
光秀「そうか……?幸村が俺を見る目は終始『そういう目』だったように感じたが」
幸村「どんな目だったか知らねーけど、気のせいだ」
虚勢を張ったところで光秀にはバレバレだろうが、素直にそうだという男は居ないだろう。
舞の気持ちを考えずに喧嘩を吹っかけた自分は物凄く小さい男だ。
なんで光秀みたいに物事を広く見られないのか。情けなくなってきた。