第10章 姫がいなくなった(幸村)
光秀「休戦しているが俺達は敵同士だからな。正面きって仲良くして欲しいとは言えなかったんだろう。
国と国は敵同士でも、個人的にお互いの人となりを知って欲しいと考えていたようだ」
(正面から言えなかったってことは安土のやつらにも言わなかったって事か。なら、なんでこいつはわかってんだ?舞の気持ちを……)
光秀の唇がニヤリと吊り上がった。
光秀「あの小娘は顔に出やすい上に、思考が短絡だからな」
幸村「お、俺の思考まで読むなっ!」
光秀「幸村も顔に出やすい質だからな。だが戦場で会えばそうでもない。
使い分けているのならたいしたものだな」
褒められてこれほど嬉しくない相手も初めてだ。
幸村「戦場で顔に出していたら大将はつとまらねぇだろうが」
ムカムカして、いやに酒がすすむ。
辛口の強い酒が、さっきからスルスルと腹に収まっていく。
光秀「話を戻すぞ。正面きって言えないなら、少しずつ相手を知ってもらおうと舞は考えたのだろう。
不自然にならないように、相手の良いところを少しずつ……な」
幸村「………」
(そう言われればそうなのか?)
ただ安土を懐かしんで話をしているだけなのかと思っていた。
光秀「ちなみに安土の武将で幸村が一番苦手、又は、嫌いなやつは誰だ?」
幸村「あ?そりゃあ……」
本人にそれを言うのはためらわれる。
言葉を詰まらせていると光秀はおかしそうに笑った。
落ち着いた低い笑い、揺れる銀糸。
大人の男って感じがして、面白くねえ。
光秀「別にかまわんぞ?幸村のような男が毛嫌いするとしたら俺のような男だからな。
安土の誰かも幸村のように真っ直ぐで正直者でな、俺を見かけると直ぐにしかめっ面になる」
スイと伸びてきた指が、俺の眉間に触れそうな位置で止まった。
光秀「…ずっとしかめっ面をしているぞ?」
幸村「よせ」
眉間の皺を指摘され、顔を背けた拍子に光秀の香が香った。