第10章 姫がいなくなった(幸村)
光秀「キレがあって良いな、この酒は」
幸村「味わかんのかよ…」
光秀「スッキリしているか、していないかくらいはわかる。甘口の酒は舌にまとわりつくが、これはまとわりついてこない」
酒の味の表現としては微妙だ。そういえば『美味しい』とは言っていないから、本当に舌のあたりだけを感じているのかもしれない。
『光秀さんはお酒のことを、水に少し香りがついた…くらいにしか思っていないみたい。
飲んでも顔色も態度も変わらないし、大人の男の人だよねぇ』
思い出したら、またムカッときた。
越後に居た頃は謙信様に付き合って酔いつぶれることだってあったし、顔だって赤くなる。
『幸村は子供だね』って言われているみたいだった。
幸村「あんたはザルだから大丈夫かもしれねーけど、明日出発するなら一応飲みすぎんなよ」
光秀「俺が酒に酔わないと知っているのか?」
光秀は手酌で酒を注ぎ、静かに口へ持っていく。
盃を持つ指は長く、肌は均一に色白で綺麗だ。性格は難有りだが、黙っていれば顔立ちは整っている。
男の俺が見てもそう思うんだから、女が見れば胸を騒がせるだろう。
(舞は……こんなふうに光秀と向かい合って座ったこともあるんだよな)
安土城でも宴はあっただろうし、酒を注(つ)いで注がれて…。
こうして真正面からこいつと見つめ合って、どんな風に感じたんだろう。
見たわけじゃないのに、恥じらうように笑う舞が思い浮かんだ。
幸村「舞が…言ってたんだよ。あいつ、酒を飲むといつも安土に居た頃の話をしてたんだ」
光秀「ほお…例えば誰の話をしていた?」
眉間に皺が寄った。
幸村「満遍なくと言いたいとこだが、あんたの話が多かった」
光秀「俺…か?意外だな。てっきり舞を猫可愛がりしていた秀吉かと思ったんだが」
ふっと小さく笑った光秀が伏し目がちになった。