第10章 姫がいなくなった(幸村)
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光秀にふりまわされる日はいつ終わるんだとうんざりしていると、その日は突然やって来た。
そろそろ寝ようかという時間に、光秀が俺の部屋を訪ねてきた。
光秀「長いこと世話になって悪かった。明日の朝、発つ」
幸村「あ?明日の朝?」
もっと早く言ってくれれば出立の準備をさせておいたのに。
光秀「この城の者達に手を煩わせん。勝手に出ていく」
(なんでこいつは俺の思ってることがわかるんだ?)
光秀「ふっ、舞と同じで、顔に出ているからな」
幸村「なっ!?」
光秀「素直で良いんじゃないか?」
目を細めて笑う仕草は、悔しいが大人びている。
光秀「あいさつ代わりに酒を持ってきた。少し付き合ってくれるか?」
幸村「…おー」
正直断りたいが、客人の誘いを理由もなく断るわけにもいかない。
光秀が声をかけると廊下に控えていた女中が酒とつまみを運んできた。
俺の向かいに座った光秀が徳利を持ち、差し出してきた。
伏せられていた盃をとり酒を受け、俺も光秀に酒を注いでやった。
(こいつが持ってきた酒……)
なみなみと注がれた酒をジッと見つめる。
香りは問題なさそうだ。
光秀「何も入れていないから安心しろ。女中に頼んで全て用意させたから、俺は酒にも器にも触れていない」
幸村「べ、別に疑っていたわけじゃねーよ」
光秀「ふっ、そうか?」
光秀がクイッと盃を傾け、酒を飲み干した。
光秀「ほら、大丈夫だろう?」
幸村「わかったよ。飲めばいいんだろ?」
半ばやけくそで酒を煽ると、舌や喉が灼けるように熱くなった。
城に仕入れている酒ではない。
幸村「この酒はどっからもってきたんだ?」
光秀「越後だと言っていたぞ。この城で一番強い酒を頼むと言ったら、謙信がお前に贈ってきた酒があると女中が出してきた」
幸村「そう言えばそんなのあったな……」
とりあえず保管しておけと命じてそのまま忘れていた。