第1章 日ノ本一の…(上杉謙信)(R-18)
(私は尚文だ…。私が男ならば、謙信様の言葉は喜ばないはず…)
「私の実力は謙信様の足元にも及びませんが、何かあった時は必ずやお役に立ちます。
この刀はあなたのために…振るいましょう」
ふと鞘についた傷が目についた。
尚文に怒られることばかり気にしていたけれど、謙信様につけてもらった傷ならば今は誇らしい。
冷ややかな表情が僅かに動いた。
(ご不快にさせてしまったかしら…?)
謙信「俺のために刀を振るうのはかまわんが…死ぬことは許さん。肝に銘じておけ」
「はい。死んでは兄上の強さを証明することができなくなりますから」
尚文のままで死ねば秘密がばれて家を潰すことになる。
私はなんとしても生き抜かなければならない。
「私は死にません。ここに居るのはあとわずかですが、それだけは約束します」
小姓見習いの身で、見るからに弱い男が出過ぎたことを言っているのはわかっている。けれど死ぬなと命じられたのだから、これくらい言わせて欲しい。
それに……佐助殿達とのやりとりを聞けば、謙信様は無暗やたらに物言いに対して何か言う人ではないと思う。
形の良い唇が満足そうに吊り上がった。
美しく輝く双眸は柔らかく細められ…やがて危険な光を浮かび上がらせた。
謙信「その言葉、必ずや守ってもらおう。
死なないために、お前にはもっと強くなってもらわなくては困る」
ゆるりと姫鶴の柄に手が伸びたのが見えて、私は瞬時に身構えた。
優雅な所作で刀は抜かれ、ギラリと光る刀身が真っ直ぐに私に向けられた。
「け、謙信様?私の実力をおわかりならば、お手数ですが手加減してくださると助かります」
物騒な雰囲気にヒヤリとする。
謙信様の草履がジャリと音を立ててこちらに近寄ってきた。
謙信「手加減などしていたらお前が爺になっても強くなれないぞ?これからは日夜問わず俺の刀を警戒しろ。呆けて寝ていると寝首をかかれると思え」
(こ、これって幸村様や佐助殿と同じ括(くく)りにされてないっ!?)
「わ、謙信様、ちょっと心の準備をさせて……わわっ?!」
新たな獲物に見定められた気分だ。
美しい軌跡を描く白刃を避けた。