第10章 姫がいなくなった(幸村)
――――
幸村「……おい、この間からなんのつもりだ?」
光秀「なんのことだ。先に庭で散歩していたのは俺のほうだが?」
幸村「ちっ」
庭で村正に櫛をかけていると、白い影がいつの間にか近くに寄ってきていた。
滞在許可を出してからというもの、光秀はいつも俺の様子を窺っている。
本人に聞けば『そんなことはない』としらばっくれるが、仕事でもそれ以外でも何かと視界の隅に入ってくる。
この間は『滞在の礼に茶を煎れた』と持ってきたが、浮かべた笑みがあまりにも怪しかった。
毒でも入っているのかと思ったが、飲んでみれば普通の茶だった。
(こいつはなんでこんなに、あからさまに怪しいんだ?)
醸し出す雰囲気も表情も、目つきも、変な薄ら笑いも、とにかく怪しすぎる。
こっちを警戒させるだけさせて、普通の茶を持ってくるあたり、質が悪い。
幸村「なんでもいいけどよ、そこにつっ立ってると毛がつくぞ」
光秀が立っているのは風下だ。
櫛をかけるたびに村正の冬毛が光秀の方へ飛んでいく。
光秀「村正とはこいつのことか…」
毛が飛んでも嫌がるでもなく、光秀は村正をしげしげと見ている。
幸村「なんでお前が村正のこと知ってんだよ」
櫛をかける手をとめると、琥珀の瞳が意味ありげに細められた。
光秀「ん?ちょっとな…」
(いっちいち面倒くせぇ男だな)
はっきり言えば良いのに、気にくわねぇ。
『光秀さんは、こう……含みを持たせて考えを隠しちゃうんだけど、それがまた大人の男の人って感じがして良いんだよね♡』
以前舞が光秀について語っていたけど、どこがだよっ!と言ってやりたい。