第9章 姫がいなくなった(家康)
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家康「はぁ…」
苛々して仕方がないのに、今日も朝から軍議が開かれて、隣にはずっと三成が座っている。
三成は何も気にする様子はなく、いつも通りだ。
(それがますます憎たらしいっ)
ちょっとは『悪かったな』とか『無神経だったかな』と思わないのか。
隣に感じる気配さえ憎たらしい。
秀吉「家康、大丈夫か?」
休憩に入るとすぐ、秀吉さんが歩み寄ってきた。
家康「何がですか?」
秀吉「いや…少し気が立っているように見えたんだ。気のせいだったら悪いな」
家康「どっかの無神経で馬鹿なやつのせいかもしれませんね。
ちょっと外の空気を吸ってきます」
秀吉さんは三成の方をちらりと見て、眉を下げた。
秀吉「あー…わかった、行ってこい」
背を向けて歩きはじめると、後ろから『三成、お前何かしたのか?』『?いいえ…』という、猶更頭にくる会話が聞こえた。
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その夜、自室で休んでいる時に、ふと舞が読みたいと言っていたらしい本を手に取った。
家康「織物の本か……」
安土周辺の織物について、この地方でしか使われていない技法や、染色方法が書かれた本だった。
技法の内容までは伝統保持のため書かれていないけれど、どんな織り目をしているか、どんな色合いなのか紹介されていた。
『私が居た時代は物がたくさん溢れていて、異国のものでも簡単に手にはいるんだ。
でもね、この時代に当たり前にあるものが、500年後には手に入らないものもあるの』
家康「城下で『見たことがない織り方だ』って、目を輝かせて反物を見ていたっけか。懐かしいな……」
『見て、この染め方!すっごい綺麗!』
俺が見ても、普通によくある染め方だった。
『もう、この良さがわからないなんて!』
と残念そうにしていた。
こんな普通の反物を大絶賛するなんて、500年後の染め方と織り方はどうなっているんだと俺の方が聞きたかった。
家康「今頃……どうしてる?」
ポツンと呟いた途端、目頭が熱くなって慌てた。
考えちゃ、駄目だ。
もう俺達は別の時代に生きている。どうしているかなんて考えない方がいい。