第9章 姫がいなくなった(家康)
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御殿を出て城に向かう途中、道端に咲く綺麗な花や、春を謳歌する鳥のさえずりに耳を澄ませる。
舞が現れるまではこんな些細なこと、興味ももたずに過ごしていたのに。
空が青くて、雲が流れていく…そんな当たり前のことに、舞は綺麗だねと話していた。
舞と過ごした時間が、俺の中に強烈に痕を残している。
一緒に過ごしたのは僅かだったのに、舞はいつの間にか俺の全てになっていて、居なくなってしまって残ったのは、ごっそり抜け落ちた虚無感と……
(なんだろうな……)
例えることができない。
上を目指して戦い続けなくてはいけないというのは以前と変わりがない。
けれど何故だろう。以前のように心の内で燃えるような熱を感じない。
凍えそうなほど……冷たい。
冷たく冷えて……どこまでも非情に、冷酷になれそうな自分がいる。
寒いと感じる感覚が抜け落ちている。
寂しい、悲しいという負の感覚が機能していない。
だから舞が居なくなっても悲しみに暮れることがないのだろう。
俺は舞を失い、人が持つ温かさを失くしたのかもしれない。