第1章 日ノ本一の…(上杉謙信)(R-18)
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「よしっと、こんなものかな」
早朝、城の裏庭で剣術の鍛錬を終え、刀を鞘に収めた。
尚文から借りた刀だったのに、鞘には謙信様の刀を受けた時に大きな傷がついてしまった。
鞘の傷を見る度に怒られるだろうなとため息が出る。
借り物の刀は最初馴染まなかったけれど、毎日鍛錬に使っていたら、しっくりと馴染んできた。
「ここは人が来なくて落ち着くな…。ん…?」
薄暗い中、浮かび上がるように見えた白い塊に駆け寄った。
「あぁ、可哀想に」
もしやと思ったけれど、案の定、ナラの木の下に血を流したウサギが座り込んでいた。
「カラスに苛められたのかな…」
大きな耳の片方と、背中に傷がついて出血している。白いふわふわの毛が赤く汚れて痛々しいが幸い意識はある。
鼻をひくひくと動かす顔は愛らしいものの、呼吸が乱れているようでお腹が大きく動いている。
「痛いって叫べないって辛いよね」
咄嗟に傷に手拭をあて、抱き上げた。
人が相手なら多少手当の心得はあるけれど、うさぎではわからない。
(誰か…っ)
こんな早朝に起きている方が居るだろうか。まだ夜が明けていない。
(厨番の人なら…いや、女中部屋だ!)
厨の人達は朝食の用意で忙しいはず。ならば少し遠いけど女中部屋に駆け込んだ方が良い。
「我慢してね、うさぎさん」
裏庭を横切り、はしたないけれど廊下に直接上がって走った。
(こういう時、袴って動きやすくて便利ねっ!)
「女中部屋に行くにはこっちの方が早いかしら」
いくつかある道順から最短を選び、なるべく音を立てないように走っていると…