第7章 姫が居なくなった(三成君)
謙信「……なんとも摩訶不思議な場に居合わせたものだ。
あの女が再び現れたら伝えておけ。怪我を負わせて悪かったと」
謙信は白馬の鐙(あぶみ)に片足をかけた。
三成「怪我を負わせたのは私です」
謙信「俺がもっと気を使っていれば舞は馬から落ちることはなかった。
お前のせいばかりではない」
ひらりと馬に跨った謙信は私を一瞥(いちべつ)するとフンと鼻で笑った。
謙信「死んでいないのだろう?
永遠(とわ)の別れではなかろうに、そのような顔をしているとあの女に愛想をつかされるぞ?
そうなれば俺には好都合な話だがな」
「?なぜ永遠の別れではないと言い切れるのですか?」
二色の瞳がキラリと光った。
謙信「『必ず帰ってくるから』。あの時舞はそう言ったのだ。
唇の動きで言葉を読めるようにしておくんだな」
三成「え……」
(必ず……帰ってくる?)
そういえば舞様に今生の別れのような悲壮感はなかった……終始微笑んでいた。
(それでは待っていれば、いつか帰ってきてくださるのだろうか)
暗く、どこまでも堕ちそうだった胸に、希望の火が灯(とも)った。
謙信「……あの娘は嘘は言わん。もうひとつ、お前の告白の返事は…いや、それは本人から直接聞け」
白馬の向きを変え、謙信が私に背を向けた。
三成「ありがとうございます、謙信殿!!」
返事をしてくれなかったが、きっと私の声は聞こえただろう。
馬を失くしてしまって歩いていくしかないが、幸い戦火はこの辺りにはない。
三成「舞様がお帰りになるのを、ずっと……ずっと待っています」
一度天をふり仰いで祈り、前を向いて走り出した。