第1章 日ノ本一の…(上杉謙信)(R-18)
慌てて腰を落とし、頭を下げた。
家臣1「そこで何をしている」
重臣の一人が、不審げな声で問いただしてきた。
頭をわずかにあげ、水桶が見えるように身体をずらした。
「部屋に飾る花を用意しておりました」
謙信様の二色の瞳がゆるりと水桶の花をとらえた。
謙信「……」
家臣2「そのようなことは女中に申し付ければよい。
尚文は見習いの身であろう。さっさと持ち場に戻れ」
「はい、申し訳ありませんでした」
(謙信様のお部屋を整えるのも仕事なんだけど)
触らせてくれたうさぎに視線でお礼を言って、水桶を持つ。
立ち去る背中に言葉が追いかけてくる。
家臣3「花を摘むなど本当に女のようだ。そんな暇があれば体術でも習って身体を鍛えた方が良いだろうに」
「……」
家臣4「道場で姿を見た者は居ないらしいですぞ。あんなに細い身体では誰の相手も務まらないから恐れをなしているのではないか」
わざと聞こえるように言われた。
「……」
(このくらい平気だわ。女達の陰口や嫌がらせの方がもっと陰湿なんだから)
鍛錬場は大勢の人間が集まっているからとわざと避けている。
少しでも人目につきたくないからと、裏庭で一人鍛錬をしていることは誰も知らないだろう。
(さて仕事、仕事……)
駆け足でその場を去った。