第6章 姫がいなくなった(光秀さん)
信長「先の世の人間ならば、これから起こること、戦の勝敗、全てと言わずとも知っている。
それが世間に知られれば舞を傍に置こうと、日ノ本中が動き出す。武家だけでなく幕府や朝廷もな……。
人から人へ、囲われて奪われる日が生涯続くことになろう。
だから俺は黙っているよう命じたのだ。肩身の狭い思いをさせたとは思うが、舞を守るためだった」
光秀「最善の策かと……」
信長「このままではまた謂れのない罪を背負わされるだろうと、此度の無実が晴れたら、養女に迎えてやるつもりだったが…」
光秀「養女ですか…側室ではなく」
信長様がくっと喉を震わせた笑った。
信長「側室に迎えてやろうかと言ったら『二人も三人も奥様をもらうような方と一緒になれません!』…だそうだ」
信長様は気分を害するでもなく笑っているが、安土の姫に続いて信長の側室という肩書さえも足蹴にするとは、空恐ろしい女だ。
見たことはないが膨れっ面をした舞が頭に浮かび、愉快な気分になった。
信長「先の世の日ノ本は1人の夫に1人の妻だそうだ。
側室は絶対無理!嫌!ありえない!と……あの狼狽えぶりは見物だったぞ?」
光秀「それにしても勿体ない話です」
信長「この時代にとっては勿体ない話でも、あやつにしてみればありえない話なのだろう」
どうやら舞は信長様の前では素を見せていたようだ。
俺だけが知っていると思っていた顔を信長様の前でもさらしていたのか。
それも俺に素を見せている時は、視線の先は動物達だった。
光秀「………」
(なんだ、この不愉快な気分は……)
胸の内で何か渦巻いている。
信長「元居た場所に帰ったのなら、それが一番良い」
信長様の言葉に、何故かすぐに返事ができなかった。
光秀「………今頃どうしているでしょうね、あの小娘は」
信長「あの女らしく『帰ってこれた!』とはしゃいでいる頃ではないか?」
光秀「ふっ、そうですね」
天主に二人分の小さな笑いが響いた。