第6章 姫がいなくなった(光秀さん)
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別の日。
城の廊下を歩いていると庭の方からかすかに声が聞こえた。
「こら、駄目よ。君は身体も手も大きいんだから、もっと優しくしないと…」
松の木に顔が隠れて見えないが、声や着物から舞だとわかった。
「あ、ほらぁ…猫ちゃんが怒っちゃったよ?」
柔らかな声色に、本当にあの鋼の姫なのかと耳を疑った。
年相応の砕けた口調を初めて聞いた。
一体何をしているのか気にかかり、足音を立てないよう庭におりた。
「よしよし、やんちゃだね。ふふっ、可愛い」
照月が俺に気が付き、走り寄ってきた。
「あ……」
照月を追って立ち上がった舞と目があった。
その腕には三成の猫さんが抱かれている。
光秀「この子虎は照月と言って政宗が飼っている。
腕に抱いているのは三成の猫さんだ」
「ねこさんっていう名前なんですか?」
抱いている猫の顔を戸惑いがちに見ている。
光秀「そうだ。三成はそういうところは雑な性格だからな。こら照月、じゃれつくな。着物に足型がついたぞ」
油断した隙に袴の裾が汚れている。
猫の数倍はある大きな手が遠慮なしにペタペタと触れてくる。
光秀「余計に触るな。まったく…お前は悪い子だな」
しま模様のある額を撫でてやる。
「……光秀様もそんな顔をされることがあるんですね」
光秀「…?どんな顔だ?」
「えー……、いつもよりお優しい顔をされていました」
光秀「獣相手だからな。表情を作る必要もないし、隠す必要もない」
(それは舞にも言えることだ)
口調も、チラと見えた無邪気な顔も、普段と全然違うものだった。
「じゃあさっき見たお顔が本当の光秀様なんですね」
光秀「いつもの俺が偽物みたいに言うな」
「ごめんなさい」
クスッと舞が笑った。