第6章 姫がいなくなった(光秀さん)
舞が安土に来てから半年が過ぎた頃……
偵察帰りに安土城下を歩いていた時のこと。
(あれは…)
舞が道の端に寄り、しゃがみこんでいた。
どうやら草履の鼻緒が切れて困っているようだった。
直し方を知らない子供のように、切れた部分をただ結ぼうとしている。
舞の後ろには護衛という名の監視が数人居たが、馬鹿にしたように笑っているだけだ。
光秀「貸してみろ」
声をかけると細い肩がビクリと跳ねた。
誰かに話しかけられるとは思っていなかった、そんな反応だった。
草履を治している間、肩に捕まるように言うと遠慮がちに手を乗せられた。
羽のように軽い感触に、舞が儚く居なくなる気がした。
持っていた手拭いを裂き、草履を直してやる。
あっという間に履けるようになった草履に舞は嬉しそうにしている。
「光秀様、ありがとうございました。草履の直し方を知らなかったので助かりました。
この草履はこのまま履き続けても良いものですか?それともこれは応急処置で、新しい物を買った方が良いですか?」
(この女の歳で草履の直し方を知らない…?)
ある程度の歳になれば自然に覚えることだ。
光秀「近場を歩くならしばらく問題はないが、長旅をするなら買い換えた方がいいだろうな」
「遠出の予定はないので、まだ使えますね。
やっと履き慣れたので、できれば換えたくなかったんてす。良かった」
光秀「だが鼻緒が左右色違いだと見た目が悪いぞ」
「見た目より履き心地です」
光秀「安土の姫は倹約家だな。信長様は他にも草履や着物を用意してくれただろう。いつも同じような着物を着ているな?」
「姫じゃないので贅沢はしません」
姫の肩書きを欲しい女はごまんと居る。しかも安土の姫だ。
だが舞はなんの価値もないと言うように、表情を曇らせた。
光秀「ではお前はなんだ?どこから来た?」
そう問うと舞はみるみる表情を凍らせて『鋼の姫』になった。
感謝を述べてきた人間らしい表情は嘘のように消えた。
「信長様には私の素性をお話し、口外しないよう言われましたので、その質問にはお答えできません。
今日はありがとうございました」
舞は振り返ることなく去って行った。