第6章 姫がいなくなった(光秀さん)
女の名は舞といった。
信長様に気に入られ、安土城に連れて来られたが周囲と馴染もうとせず、態度も頑なだった。
信長様に呼び出される度に、横に控えている秀吉があからさまな態度で牽制したが、牽制などしなくても舞には信長様と親しくなる気がないのは一目瞭然だった。
しかし衣食住の世話をしてくれたことに深く感謝の態度を示していた。
女にしては少し低めの声は耳触りが良かったが、信長様との話が終わると貝のように口を閉ざした。
働かざるもの…と、時折女中に混ざって働いていた。
女中仕事に紛れ城中を観察し、目的があれば侵入しようとするのはよくあること。
秀吉はピリピリと警戒し監視していた。
俺もそれとなく監視していたが舞に怪しい動きはなかった。
怪しい動きはないが、安心はできなかった。
舞の素性がわからないからだ。
本能寺の僧や、周辺地域の人間に聴き取りをしたが、誰も舞のことを知らなかった。
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ある日の夜。
大広間にて宴が催されて、信長様の命令で舞も参加した。
末席に座り寂しそうにするでもなく、ただ黙々と食する様子はこの場に居ない人間だと思ってほしい…そんな気持ちが表れていた。
しかし頃合いを見て信長様の席へ行き、誘ってくれた礼を述べて酌を申し出た。最低限の礼儀だと思ったのだろう。
だが……
家臣1「どこの者かも知れない女の酒を受ける必要はありません」
家臣2「さっさと下がれ」
と邪険にされていた。
家臣は舞が触れた徳利をさげて、新しい物と交換するようにと女中に命じた。
やり過ぎとも思える対応に、流石の秀吉も間に入ろうとしたが舞は畳に手をついて謝った。
「出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした」
信長「かまわん。酌はあとで命じる。…ゆるりと過ごせ」
信長様が舞を天主に呼び、酌を命じているのを知っている者はわずか。
家臣が知らずに追い払ったのは仕方のないことだった。
表情を崩さず舞は元の席に戻った。
素性が知れない怪しい女にも関わらず、信長には気に入られている。
家臣達の不信感と嫉妬は日々高まる一方で、多少のことでは動じず、表情もないことから『鋼(はがね)の姫』と呼ばれるようになった。