第39章 桜餅か桜酒か(信玄様&謙信様)
幸村「あ、おいっ、待てって!
まっ、ふがっ……!」
幸村は鼻に桜餅を押し付けられ、何かモゴモゴと言っている。
酒を注いでいてその瞬間を見逃した舞は、幸村の声に顔を上げて目を丸くした。
「ぷ!」
幸村に気を使って大笑いしたいところをこらえ、ぷるぷると身体を震わせている。
クスクスッと漏れた声は、頭上で盛んに鳴いている春鳥の声にかき消された。
信玄「ははっ、せっかく姫と佐助が作った桜餅だ。
食べる前に存分に香りを楽しめよ」
幸村「むっ、ふ、ぐ」
幸村の羽織が動き、そこから佐助が顔を出して幸村の顔を見上げた。
佐助「あれ?もしかして失敗?」
幸村は鼻に押し付けられている桜餅をやや乱暴な手つきで奪い取り、羽織からのぞく佐助を睨んだ。
その鼻先は桜餅を押し付けられてテカリを帯びている。
幸村「『もしかして失敗?』じゃねえよ!鼻で餅が食えるかっ!
誰だよ、二人羽織しようなんて言ったのは!!」
悔しげに吐き捨てられた愚痴に佐助は眼鏡を光らせ、すかさず答えた。
佐助「君の上司だ」
幸村「あ~…そうだった…」
幸村はうんざりとため息を吐き、佐助はすまなそうに手ぬぐいを差し出した。
佐助「お互い上司には苦労するな」
幸村「同感だ。普通に食べさせろってんだ」
幸村は手ぬぐいで顔を乱暴に拭くと、手に持っていた桜餅を大きな口でがぶりと食べた。
幸村「へえ……葉はしょっぱいんだな。
餡子と餅の甘さと合ってる。うまい」
佐助「良かった。
独特の匂いだから苦手だという人も居るんだ」
去年の春のうちに桜の葉と花を仕込んでいた佐助と舞は、幸村の感想に一安心している。
不機嫌な幸村の隣で、桜ではなく桜餅を鑑賞している男が1人。
義元「へえ……こんないい香りなのに嫌いな人が居るんだね。
初めて嗅ぐ香りだけど、この春の景色に凄く合うよ。
見た目も可愛いし」
義元は芸術品を見る目で桜餅を眺め、時折顔を近づけて香りを楽しんでいる。
眺めることに夢中で一向に食べない義元に対して、甘味というだけで見向きもしない男もいる。