第39章 桜餅か桜酒か(信玄様&謙信様)
弥生月(3月)も後半に入り、小鳥たちが得意げに春を謳うある日のこと。
軍議を終えた謙信が突然『花見に行く』と言い出し、春日山の面々は城から少し離れた山に来ていた。
色鮮やかな緋毛の敷物には料理人達がやれ急げと死に物狂いで作った彩り豊かな重箱が置かれ、春のそよ風とともに良い香りを漂わせている。
樽で持ち込まれた酒が家臣達にも振る舞われ、あちらこちらで飲めや歌えの大騒ぎ。
春日山の人間にしてみれば謙信が唐突に行動を起こすのは今に始まったことではなく、急な外出も日常茶飯事だと花見を楽しんでいる。
謙信達一行は花見の特等席に陣取っているが、なにやら先程から賑やかしい声が響き、家臣達は温かな目でそれを見守っている。
「佐助君っ、もっと右だよ、右!」
佐助「どのくらい右?」
「んー…あと10センチくらい!」
佐助「了解」
幸村「……」
佐助の手が横移動するのを、幸村が顎を引きながら目で追っている。
謙信「佐助、止まれ。
もっと手前にやらねば幸村に届かん」
義元「俺の方からだと、もう少し上でも良いように見えるけど」
佐助「手前で、もう少し上ですね……こうかな」
クレーンゲームのアームのごとく佐助の手が直線的に動いた。
なかなか良いところまでいってると舞は目を輝かせたが、それまで静かに見ていた兼続が、ついといった風に口を開いた。
兼続「上すぎる」
「え?あ…、ほんとだ」
佐助「何か言いましたか?」
舞が『もう少し下だよ』と言うのを阻止するように横から茶々が入った。
信玄「もういいんじゃないか。
幸村が早くよこせって顔してるぞ~」
「し、信玄様っ、焦らせたら失敗しちゃいますよっ」
信玄「いいんだよ。こういうのは笑わせてなんぼだろ」
信玄が鶯(うぐいす)色の盃を傾け、そうして振り仰いだ拍子に視界を埋めたピンク色に、感嘆の息を漏らした。
信玄「今日の花は一段と綺麗だな」
「ええ、そうですね」
盃に酒を注ぎ足している舞は、信玄の視線がいつの間にか桜ではなく自分に向いていることに気づいていない。
信玄は交わらない視線をどう拾いあげようかと、酒を美味そうに飲みながら舞を見つめている。