第39章 桜餅か桜酒か(信玄様&謙信様)
「謙信様には桜茶をご用意しました」
謙信「甘い茶はごめんだ」
謙信は牽制しつつ、舞にすすめられた湯飲みを断り切れず受け取った。
桜餅と同じ香りを放つお湯の中で、桜の花びらがユラリ揺れて咲いている。
「大丈夫ですよ、塩漬けした桜にお湯を注いだものですから甘くありません。
先の世ではお祝いの席で飲むこともあるんです」
『飲んでみてください』という顔に負けて、謙信は渋々湯飲みに口をつけた。
嚥下した後、しばしの間を置いて鼻をスンと鳴らした。
謙信「吐息まで花の香りに染まりそうだ」
「あまりお好きではないですか?」
謙信「……可憐な花を愛でながら、という条件付きならば好きと答えよう」
謙信は含んだ物言いをしたが、舞は含みを察する神経など皆無(かいむ)。呑気な顔で頭上の桜を見ている。
「満開の花を見ながらだと、なんでも美味しく感じますよね」
謙信「お前というやつは……」
謙信は『なんとにぶい奴だ』と言いかけたが、『500年後も桜が咲いてる頃かな…』という寂しげな呟きを耳にして言葉をとぎらせた。
桜を通して故郷を想う女を切なげに見守り、香り豊かな茶を口に運んでいる。
「歩きながらお花見してきますね。少ししたら戻ってきます」
舞は頭上を眺めながら気持ちよさそうに歩いていき、途中、顔見知りの女中や家臣達が居れば足を止めて何やら笑って話していた。
そうして少しずつ人気の少ない方へ歩いて行き、木の下に座り込んで頻(しき)りに桜を見上げている。
謙信「………」
そのまま15分が経ち、舞は少しと言ったが一向に帰ってくる気配がない。
だんだんと謙信の眉間の皺が深まっていき、その他の武将達も舞が戻ってこないのを気にし始めた。
義元「あんなに見上げて、舞は桜が好きなんだね」
信玄「ひと月前から開花を楽しみにしていたもんな」
目が届く場所に居るが、いささか距離がある。
花を見ずに舞ばかり伺っている主を気づかい、佐助が立ち上がった。