第38章 息が止まるその時に(謙信様:誕生祝SS2025)
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それから1時間もしないうちに吹雪はおさまり、元の晴天が戻ってきた。
急げば明るいうちに宿に着けると出立の準備をして外に出ると、先に出ていた謙信様が馬を引いて歩いてきた。
その手には新しい手袋がはめられていて、手前味噌(てまえみそ)の評価で言うなら、防寒の役を負いながらもスマートに見えて、とても似合っている。
謙信「天の機嫌が良いうちに出立しよう」
「はいっ」
謙信様に引き上げられて馬の背に乗って出発だ。新雪をどかして道を作るために佐助君が先を行ってくれる。
雪雲は消滅して澄んだ青空が広がり、太陽の強い光が新雪を照らしている。
綺麗な光景ではあるけれど、過度な白さが目に痛い。
目を細めていると、不意に視界を覆われた。
謙信「光が強すぎて舞の目が焼ける。
俺が良いと言うまで目を瞑っていろ」
「目を細めているから大丈夫なのに…」
極端なことをされる度に文句を言うけど、本当は謙信様の愛情に包まれている気がして気持ちがいい。
謙信「雪焼けは目に悪い。目を瞑っていろ」
「目が悪くなって謙信様の凛々しいお姿を見られなくなったら嫌ですから、目を瞑っていますね」
謙信「……愛らしいことを言った口はこれか」
瞼を閉じた私に熱っぽい呟きが落ちてきて、謙信様は佐助君から見えていないことを良いことに口づけしてきた。
「ん……」
唇が離れた拍子に目をあけると、私達の白い息が横に流れて消えていった。
濡れた唇が冷気に触れて一瞬にして冷たくなり、再び唇を合わせて温め合いたい気持ちにさせられた。
謙信「身体は大事ないか?」
「ええ、少しぼうっとしますが大丈夫です」
謙信「そうか…。宿へ行ったら湯に入って温まろう」
「温まろうって…い、一緒ですか?」
春日山なら一緒にお風呂に入ることも時々あったけど、宿ではやる気にならない。
他のお客さんだっているだろうし、私達が入浴中、貸し切りにさせてもらうのも気が引ける。
ところが謙信様は一緒に入ると決めているようで、さらにすごいことを言い出した。