第38章 息が止まるその時に(謙信様:誕生祝SS2025)
「誕生日だからって甘くないケーキを買ったのも、泣いたのも、謙信様を直接お祝いできなかったからなんだ…」
顔も思い出せない誰かは、この世で一番私が愛している人だった。
謙信様が好きだった梅干しやお酒。現代のもので謙信様にあげたいなと思っていた物が全部旅行用バッグの中にあった。
(記憶がなくても魂に刻まれた記憶が何も覚えていない私を動かしていたんだ…)
明らかに持っていても意味のないもの。
『男物の皮手袋』を買ってしまったのは、プレゼントの手袋を渡せなかった心残りが深層にあったからだ。
全部スッキリして思うことはひとつだ。
「行かなきゃ…。私、京都に行かなきゃいけないんだ。
じゃないと謙信様に出会わなかったことになっちゃうっ!もしそうなったらどうなっちゃうの?」
本能寺で佐助君とタイムスリップした日付は明日だ。
「どうして記憶を失くして過去に居たのか考えるのは後にしよう」
まず先にあの日あの時間に、本能寺の跡にいかなきゃいけない。
スマホで飛行機や高速バスなどの交通手段を調べた。
「前の京都旅行の時は新幹線の停電事故はなかったのに…」
新幹線のニュースが流れた後となると考えることは皆おなじでどこも満席だ。
公共の交通機関で予約できるとことはなかったけれど京都に行く手段が1つもないわけじゃなかった。
「この方法しかないか。
行けんのかな……よし、行くしかないっ」
バッグを手にリビングに行くと、私のただならぬ雰囲気に家族が『どうした?』という顔をして振り向いた。
(『懐かしい』のは当然だよ。何年も戦国時代に居たんだから。
私……家族と離れ離れになるとわかっていて、またあの時代へ行こうとしているんだ)
クローゼットの服が似合わないと感じたのは着物生活が続いていたのもあるけど、きっと歳を重ねたせいだ。
何も気づかず、数年ぶりに家族と日常を過ごしていた。
(もっと家族との時間を大切にすれば良かったな…)
家族も謙信様も大事だ。でも謙信様のところへ行きたい気持ちを抑えられない。