第38章 息が止まるその時に(謙信様:誕生祝SS2025)
『□□君は●●様の誕生日プレゼントそれにしたんだ?
私は手袋だよ。去年は完成直前に失敗しちゃったから、今年は早めに縫い始めたの。秋には完成してたんだよ』
(私の声、すごい弾んでる。誰と話してるの?)
『〇〇さん、これを落としたら本気で悲しいので預かってもらえませんか?
私の推しぬいを預けられるのは〇〇さんだけだと思うんです!」
(私が推しぬい?そんなの持ってないけど…)
そう思うのに、推しぬいを持っていたような気もする。
『出発しましょう!今日は凄くいい天気ですね。
こんな日に●●様と一緒に旅行だなんて嬉しいです」
(旅行?これ…いつの記憶?)
自分のことがわからない不安がむくむくと大きくなっていった。
(これもどうせ夢だよね。不安に思うことないか。全部夢なんだから)
考えることをやめて眠ろうとしたら、私が投げた言葉に返事がきた。
『舞と共にゆけるならば、行き先がどこであろうとこの上なく嬉しい。
お前といると息の仕方も忘れるほど幸せだ」
幸せに満ちた男の人の声。
その低く艶のある声を聞いた瞬間、切なさが押し寄せて息が止まった。
「っ」
はっとして目を開ければ私の部屋の天井が見えた。
(今度は夢の内容を………忘れてない)
記憶にかかっていた靄がとれて、ある人の顔が鮮明に浮かび上がった。
「謙信様っ………!」
離れたら死んでしまう。
そう言い合うほど愛し合っていた恋人を、どうして忘れていたんだろう?
そしてどうしてタイムスリップ前の現代に居るのか。
自分の置かれている不可解な状況。何が起こっているのかと心臓がドッドッと大きな音を立てた。
「落ち着け、落ち着け…」
もう一度目を閉じると、私を優しく見つめる謙信様が思い浮かんだ。
褪せた金髪に二色の瞳、すっと通った鼻と薄い唇。
皆の前では纏う空気が冷ややかなのに、私の前では途端に温かなものに変わる、極端な人。
雪のなか最後まで私を温めて心配してくれた恋人。