第38章 息が止まるその時に(謙信様:誕生祝SS2025)
彼氏「おめでとう。頑張ったじゃん」
「っ、ありがとう。それで…」
ただの既視感だろうか。偶然にしては彼の行動に覚えがありすぎて胸がざわついた。
私の口が台本の台詞を読み上げるように勝手に動き続けた。この内容を言うのがまるで決まっていたかのように…。
「仕事が始まるとしばらくまとまった休みとかとれないだろうし、京都に1人旅に行こうと思ってるの。
前から1人旅って憧れてたんだ」
彼氏「なんだよそれ、俺も連れてけよな」
彼がすごく行きたそうな顔をしている。
部屋をシングルからダブルに変更するのは簡単だし、新幹線の相席はちょっと無理かもしれないけど、現地のツアーに申し込んでいるわけじゃないから一緒に行っても支障はない。
いいよって言えばいいのに私は曖昧に笑って誤魔化した。
何故か強烈に『1人旅でなければいけない』気がしたのだ。
「へへ、もう色々と予約してるし、支払い済みなの。
変更するの大変だから、また次の機会にね」
彼氏「ずりー」
「ごめんね」
どこにもおかしなことはないのに何かがとても奇妙でおかしい。
その後のデートは行き先も食べたものも『懐かしく』て、同じ日をもう一度繰り返しているような既視感の連続だった。
「あ、誕生日だからケーキ買わなきゃ」
ケーキ屋さんの前で足を止めた私に、彼が怪訝な顔で尋ねてきた。
彼氏「誰の誕生日?」
「食べたことがないだろうから食べさせてあげたいな。
甘いのが嫌いだから嫌がるだろうけど」
彼氏「だから誰のことだよ?
しかもケーキを食べたことがないってなんだよそれ」
馬鹿にしたような笑い方にちょっとムッと来た。何故か『仕方ないじゃない!』という台詞が喉までせりあがった。