第38章 息が止まるその時に(謙信様:誕生祝SS2025)
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その日は1日中『懐かしい』の連続だった。
クローゼットを開けた感想が『懐かしい』。
充電していたスマホも、待ち受け画面のキャラクターも『懐かしい』。
玄関に出て靴箱を開けてスニーカーが『懐かしい』。
そして待ち合わせ場所で待っていた彼もまた『懐かしい』。
彼氏「どうしたんだよ、今日は大人っぽくね?
イメチェンなの?」
「そ、そう!たまにはいいでしょ?」
彼氏「舞がおねーさんに見える」
「変?」
彼氏「可愛いって言ってんの」
「なにそれ、全然わかんないし」
クローゼットのラインナップが若すぎる気がして、勝手にお姉ちゃんの服を借りてきた。
メイクも変にアイメイクに力を入れずナチュラルキレイに仕上げてみたところ、どうやら雰囲気が全然違うらしい。
お母さんも大人っぽいってびっくりしていたし、彼氏にいじられるだろうなという予想は簡単に当たった。
「大人っぽい格好が可愛いっておかしくない?」
彼氏「俺が可愛いって言ってるんだから可愛いでいいじゃん」
「うん………?」
可愛いと言われて嬉しいと思うことがイケナイことのような、何かが強く記憶を引っかいてくる。
なんとなく彼の言葉を正面からずらして受け止めた。
彼氏「そういえば転職するって言ってたけど、順調?」
「え?転職?」
彼氏「するんだろ?」
転職という言葉が何故か遠くに感じる。
(そうだ、私はデザイナーの仕事が諦めきれず就職活動をしていて…?)
もやもやした記憶の中からポッと1つの事実が浮かび上がった。
「え、と、ああ…、そう、そうだったね。
あ!そうだ、デザイン会社に決まって、私、もう少ししたらデザイナー見習いなんだよ」
彼氏「なんだよ、その『すっかり忘れてました』みたいな言い方」
(あれ、このあと確か肩を抱いておめでとうって…)
既視感を抱いた私の肩に彼の腕が回った。