第38章 息が止まるその時に(謙信様:誕生祝SS2025)
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「っ!」
それまで息をとめていたのか、意識の浮上とともにハアッ!と大きく吸いこんだ。
同時に懐かしい天井が目に飛び込んできて、『あ、自宅だ』と思い出すと、思い出した代償に大事な記憶が溶けて消えた。
母「あら、やっと起きたの?
11時からデートの約束なんでしょう、仕度しなくていいの?」
「お母さん?あれ……ここは…」
母は化粧っ気のない顔で前髪をクリップで止めている。母の休日の定番スタイルだ。
どうしてか久しぶりに見た気がする。
母「寝ぼけてるの?
朝ごはんを食べたと思ったらこたつでグーグー寝てるんだもの」
母が洗濯物でいっぱいになっているカゴを抱えて、『ほんと休みの日はなまけものなんだから』と文句を言いながらベランダに出ていった。
ベランダを行き来する安物のサンダルの音が懐かしい。
「え…と、さっきまで寒くて…あれ?」
胸までこたつに入っていたので身体はしっかり温まっていて、寒いどころか少し汗ばんでいる。
(そっか、夢だったのか)
凍える夢を見た。そのくらいに考えてこたつから出た。
壁掛け時計は10時をさしている。何の変哲もないただの時計がとても貴重なものに思えて針が動く様子をしばらく眺めていた。
「ぁ…10時か」
『宿には昼前に到着予定だったけど遅れそうだな』と考え、アレ?と首をかしげた。
「11時からデートなのに、なに考えてんだろ」
旅行中でもないし、窓の外は寒そうだが雪はない。それに私が住んでいる地域で雪が降ろうものなら蜂の巣をつついたようにTV局が騒ぐはずだ。
約束の時間が迫っている。
急いで仕度をしなきゃとリビングを後にした。