第38章 息が止まるその時に(謙信様:誕生祝SS2025)
謙信「馬を座らせる。束の間立っていられるか」
支えられて立ち上がると、足がぐにゃりとなって謙信様を慌てさせた。
すが入った大根みたいにグネグネとして、全然いうことをきかなくなっている。
「ごめんなさい」
謙信「俺の腕は舞を抱くためにある。気にするな」
謙信様の愛馬は、片手しか使えないご主人様の意図を汲んで従順に座り込んだ。
馬に背中を預けるように座らされて、謙信様は着替えの羽織を出して私の足先から腰の辺りまで包んでくれた。
その上からゴシゴシと摩擦されて、低体温や凍傷の心配をされているんだろうなと、どこか他人事のように眺めていた。
(背中、じんわりあったかい……)
馬の体温は人よりも高い。わずかばかり風よけも担ってくれて、謙信様の機転の良さに感謝した。
寒さで気力が削がれ、お礼を口にすることはできなかったけど…。
謙信「眠るな。目を開けろ舞っ」
足を摩擦していた手が不意に頬を撫で、私の意識を確かめた。
寒さを感じないまどろみから現実にひき戻されて、眠りそうになっていたのかと目を開けた。
瞼をおろすのは簡単なのに、あげるのはものすごく労力が必要だった。瞼がなまりのように重く感じる。
(ごめんなさい。私が温泉に行こうなんて言い出したから…)
「ごめ……な…さ…」
謙信「舞っ、起きろっ」
喋っている途中で意識が飛び、謙信様の呼びかけでやっとの思いで意識を保つことができた。
(凍えると眠くなるって本当なんだ)
(このまま気持ち良く眠って死ぬなら、死ぬって思ったほど怖くないかもしれない)
春日山を出発した時は謙信様と旅行に行ける嬉しさや、プレゼントを渡す楽しみでワクワクしていた自分が、なぜ死の恐怖について考えているのか。
その疑問さえも冷えた脳は浮かべることが出来なかった。
唇はもう凍りついて動かない。
謙信「舞、頼む、死ぬな…。目を開けてくれっ!
佐助、舞が………!」
佐助「早く山小屋へ……っ、…!」
謙信様の愛に溺れて死にたかったはずなのに
凍える冬の息吹が私の命をあっさりと奪いにかかる
謙信様の腕の中で
私は息を引き取った