第35章 姫の年越しシリーズ(2024年)・12月30日
蘭丸「やだなあ、光秀様。説教が終わるのを待っていたらお餅が硬くなっちゃうじゃないですか。
信長様は出来たてが食べたいんですよ。俺が取り返してきます」
蘭丸が小姓とは思えない軽やかさで走っていき、秀吉の背後にそっと立った。
くどくどと何かしゃべっている秀吉を挟んで慶次と目が合い、蘭丸は黙っていてと合図を送った。
蘭丸「あっ!大変っ。舞様の帯がほどけそうになってるよっ!」
秀吉「っ、なんだと!?」
「えっ、うそっ!?」
我に返った秀吉と慌てて帯の結び目に手をやる舞。
一瞬の隙をぬって秀吉の手からお盆が消えた。
鮮やかな手つきに慶次が『見事だな、蘭丸!』と吹き出している。
蘭丸「ごめんね、秀吉様、舞様。
信長様と光秀様が早く食べたいんだって」
秀吉「だからって、お前なぁ…。
舞、本当に帯は大丈夫か?」
「う、うん…多分」
秀吉「見てやるからあっち向け」
悪戯とわかっていても帯に緩みがないか確認する念入りさときたら流石だ。
「それね、3個あるうちで一番綺麗なのが信長様で、ごろっと大きいのが光秀さん。
光秀さんは食べる時に食べないとだから一番大きく作ったんだ。
蘭丸君は大福に絵がかいてあるやつね」
舞の説明が聞こえた光秀は離れた場所で笑っている。
蘭丸「絵?」
絵が見えずに蘭丸が盆を回すと、ウインクして笑っている顔が現れた。楊枝で点々と浅くあけた穴を並べて描いたようだ。
こんな可愛い趣向をこらした大福は見たことがないと蘭丸の表情がぱあっと明るくなる。
「蘭丸君っぽいでしょ?」
蘭丸「ありがとう、舞様っ☆
信長様、見てください、舞様が俺の大福に顔を……、……!」
風のように走っていった蘭丸が自分の大福を信長に自慢すると、緋色の目がのっぺらぼうの大福を大層不満げに見据えている。