第5章 姫がいなくなった(元就さん)
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同日、船員たちが寝静まった真夜中……。
元就は部屋から出て、暗い海を見ていた。
順調に進めば、数日後には異国の地に到着する。
そこで取り交わされる予定の商談内容を頭で反芻し、しかし頭の片隅では舞のことを考えていた。
元就「言い出したのはお前なんだろう?野郎に言われたところでむさ苦しいだけだろうが…」
はぁとため息を吐いた。
癖のように一日中ため息を吐いている自覚があったが、吐き出さなければ肺の中がモヤモヤしたモノでいっぱいになりそうだった。
髪に指をもぐらせ、バサバサとかき乱した。
元就「あー、くそっ!」
わかっているがわかりたくなかった。
人質に連れてきた安土の女が気になって仕方ないと、認めたくなかった。
寝ても覚めても舞を考えている。
一度かかったら治らないと言われる病に、いつの間にかかかっていた。
白い手袋をした手が拳をつくり、木製の柵をがんっと叩いた。
船員たちは寝ているのか、音が元就のものだと気づいているのか、誰も出てこない。
舵助だけが音におどろき『くぅ』と小さく啼いた。
元就「はぁ」
物にあたって少しすっきりした元就は自室に戻り、鍵を開けて中に入った。
扉を開けた瞬間………自分のものではない、花のような香りがした。
部屋を見回すまでもなく駆け寄ってくる小さな影。
赤い瞳が大きく見開かれた。
「元就さんっ!」
元就「舞っ!?お前、どこに行っていたんだっ」
船内をしらみつぶしに調べても見つからず、どこにも寄港(きこう)していない。
とぼけた顔をしているが、もしや忍びかと勘ぐった。