第5章 姫がいなくなった(元就さん)
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船員一同「お頭、誕生日おめでとうございますっ」
日差しはあるものの、ヒヤリとした風が吹く朝。
その日元就が甲板に姿を見せると、船員が顔を見るなり集まってきて祝いの言葉を一斉に述べ得た。
元就は表情を崩さないながらも面食らった。
元就「あ?毎年俺の誕生日なんざ何もしてこなかったのに、どういう風の吹きまわしだ?」
元就と船員の間には、戦国武将と家臣によくある『主従』『忠誠』という関係性が薄かった。
当然誕生日に祝うという習慣もなかった……今までは。
船員1「姐さんが前に言っていたんです。お頭は誕生日祝いに宴を設けても食べないし飲まないだろうから、せめておめでとうと声をかけてあげようと…」
元就「あの女、余計なことを言いやがって」
祝いの言葉を受け取るどころか悪態をついた元就に船員たちはバツが悪そうな顔をしている。
船員2「あの……姐さんは元気でしょうか?以前は毎日姿を見せていたのに、最近めっきりみかけませんが……」
赤の瞳が船員たちを射抜いた。
元就「余計なこと気にすんじゃねえ。さっさと仕事にもどれ」
『お頭の機嫌は最高に悪い』と察した船員たちは朝の掃除にとりかかった。
甲板に背を向けて歩き出した元就は、受け取った言葉をどう処理すれば良いのかわからず着物の袷(あわせ)をグッと掴んだ。