第34章 呪いの器(三成君)
三成「まだ全快にはいたっておりませんが私の出立の際は見送りにきてくださいましたよ」
千代姫「まあ、一時は布団から起き上がれないと聞いて案じておりました。
思っていたよりもお元気そうで私も安心いたしました」
三成「姫様のおかげです。姫様から励ましの文やお見舞いの品が届くととても嬉しそうにされていましたよ。
寝込んでいると姫様からいただいた簪を挿せないと、苦いお薬も頑張って飲んでいらっしゃいました。
舞様に代わってお礼を申し上げます」
三成が頭を下げた拍子に銀灰の髪がサラサラと揺れ、千代姫は意識的に視線をずらし『頭をあげてくださいませ』と促した。
女中といえばすっかり三成に魅了されて頬を染めていた。
(おや?私から視線を外したのは何故だろう?)
繊細な女心など知る由もない三成は一瞬疑ったが、事件とは関係ない気がして答えを保留にした。
こういう場合は光秀に相談するのが賢明だ。
三成「ところで千代姫はいつもこちら側のお部屋にお住まいなのですか?」
こちら側というのは三成が大名に希望を出して変えてもらった北側だ。
日が差す時間は短く、庭もどこか湿った気配を漂わせている。姫の住まいにしては寂れている。
しかし日中の騒ぎに気付かず、姿を見せなかった千代姫が居るとしたらこちらではないか、という三成の予想は当たっていた。
千代姫「そうです。義母が言うには麻痺がある体に日が当たると良くないそうです。
私も静かな場所が好みますので、こちらで好きに暮らしております」
侍医はそんな話は聞いたことがないと否定したが、椿の主張はしつこく、これ以上対立が深まらないように実母と一緒に寂れた北側の部屋で暮らすことにした。
周囲は不当だと怒っていたが、千代姫が静かなところが好きだというのは本当のところだったので、そう卑屈にとらえず言葉通り自由に過ごしていた。
穏やかな表情で述べた姫に三成は笑顔で答えた。