第34章 呪いの器(三成君)
椿「もうじき千代姫もいなくなるわ。
千代姫に不利な証言をたっぷりしてやる」
自分が般若(はんにゃ)のような顔をしていることに気づかず椿は陰湿に笑った。
椿「それにしても安土で千代姫と噂になった男がやってくるとは見物ね。
元は舞姫の恋仲だったというけれど、多情な男だこと……」
どうせ大した男じゃないとなめてかかっていたのだが、やってきたのは椿が出会った中でも随一を誇る見目麗しい男だった。
猛々しい男らしさはないが、武士らしいきびきびとした動き、誰にでも穏やかに接する人のいい笑顔。
歳のいった椿でさえ絆されそうな色気もあり、ひと目見て夕夏の夫に欲しいと思った。
(例え簪に気が付いたとしても舞姫はすぐに死んで千代姫は死罪になる)
元の恋仲と、情を移した女が続けざまに死んだところに娘の夕夏が優しく慰めたら…あの見目麗しい男は簡単に手に入るに違いない。
(あの呪いを知ってから良いように物事が進むわ)
椿が胸の内で高笑いしているいと、襖越しに柔らかな声で呼びかけられた。
三成「突然お尋ねして申し訳ありません。石田三成です。
お邪魔してもよろしいですか」
椿「っ?はい…!」
椿は表情を引き締め、乱れてもいない襟をいそいそと正した。
部屋に入ってきた三成が真向かいに座ったのだが、輝く美貌を前に椿は簪の件を忘れて魅入ってしまうほどだった。
三成「女性の部屋を前触れもなく訪ねて申し訳ありません」
椿「お気に召されぬよう。しかし使者様が私に何か御用でしょうか?」
他人の妻を供もつけずに訪問するのは異例だ。
椿は何事か訝しみ、まさか簪のことを聞きにきたのだろうかと気持ちを引き締めた。
三成「こちらには山崩れの復旧状況を見にきたのですが、恥ずかしながら椿様から千代姫の昔の話を聞きたいと、やってまいりました」
真面目に警戒したのが馬鹿らしい内容だった。
それも憎き相手のことを聞かれて、椿は顔が引きつりそうになった。