第32章 私と恋愛する気ありますか?(謙信様)
「あの、さっき謙信様に抱きついてしまいましたが、大丈夫でしたか?
今思えば不快な思いをさせたんじゃ…」
謙信「飲んでいた酒がこぼれて不快ではあったな」
「お酒をこぼさないように抱きつけば不快じゃなかったですか?」
謙信「さあな」
前を歩く謙信様の表情は見えず、覗き込んで見ようとしたら微妙に顔の向きを変えられて隠されてしまった。
「ふーん…、じゃあ今度何かあったら、お酒をこぼさないように抱きつきますね」
謙信「くだらぬことを言っていないでさっさと歩け」
「はいはい…」
『先程殿はあなたに抱きつかれて少し嬉しかったようですよ。
近いうちに殿の心はあなたによって救われるかもしれません』
謙信様に伝えられずに終わってしまった伊勢姫の言葉。
この言葉に謙信様が囚われないように敢えて伝えなかったけれど…それで良かったのだろうか。
今の謙信様が過去に囚われているなら、これからは何にも囚われず生きて欲しい。
(人を救うなんて簡単じゃないけど伊勢姫にお願いしますって言われちゃったしな)
あの可愛い姫のためにも頑張ってみようかなと思ったけど、具体的な案が思い浮かばす、とりあえず……
「謙信様、私と恋愛する気あります~?」
謙信「………ついに気が触れたか。
明日井戸水に浸して頭を冷やしてやるから安心しろ」
「ちょっとっ……!」
心の傷を癒すなら恋人になればいいかな?という安易な作戦は失敗に終わり、次の日、私の現代服は燃やされてしまった。
しょぼくれる私のところに佐助君が昨夜のどっきりを謝りに来てくれて、ついでに精霊馬も連れて来てくれた。
「ほんとにこれに乗って伊勢姫は会いに来てくれたのかな?」
頭を上げるようにカーブしている胡瓜はまだ艶があって新鮮だ。
なんとなく土に還す気になれず飾っておいたのだけど、伊勢姫を偲んで時折謙信様が眺めにやってきた。
人の部屋でキュウリを眺めて帰っていく。
いくら伊勢姫が恋しいからといって他人に誤解されるような真似はやめてほしかったのだけど、そのうち部屋を後にする時に謙信様が頭を撫でてくれるようになった。
態度も口調も今まで通り冷たくておっかないくせに、ふとした時に優しくされて困った。