第32章 私と恋愛する気ありますか?(謙信様)
「さあ?どうしてでしょうね…」
髪に油を塗り終わり、陶器の蓋をもとに戻した。この器も伊勢姫が使っていたものなのだろうかと思うと感慨深い。
謙信「伊勢はもともと左利きだったそうだ。幼き頃に直されて筆や箸は右手でこなすが髪をまとめる時は巻が逆になり、簪を挿す向きも左側からになるからと女中に任せていた。
しかしこう暑い日には自分で髪をまとめることもあってな、髪型も香りも懐かしい」
そろそろと自分の髪に手を伸ばすと、確かに巻き方は逆巻きで、簪も左側から挿してあった。
(そんな細かいところまで覚えているなんて、謙信様は伊勢姫のことが本当に大好きだったのね)
ピュアな人だなぁと見ているうちに、ふと伊勢姫の言葉を思い出し、まさかねと首を振った。
謙信「どうした?」
「いえ、なんでもありません。
ところで今更になってしまいましたが私を部屋に呼んだ理由を聞いてもいいですか?」
謙信様が伊勢姫のことを想っているなら襲いかかられる心配はなくなった。
だとすると呼び出しの理由はなんだろう。
謙信「一生のお願いをかなえた報酬として、舞の服を全部よこせ」
「伊勢姫とのお話を聞かせてくれた後に、私を裸にひん剝く意味が分からないのですが…」
(なんてこと言うの!?
ピュアどころか、とんでもない野獣様だったのか…)
油を塗るために向かい合わせになっていたので、私の軽蔑の顔はばっちり謙信様に見られている。
そんな顔をされるいわれはないと謙信様は冷ややかな態度だ。
謙信「誰が着物をよこせと言った?舞が500年後の世から持ってきた『服』を全部出せと言ったんだ。
あんなみっともない格好ができないよう即刻滅してやる」
「ふしだらとかみっともないとか、酷すぎじゃないですか?
しかも預かるんじゃなくて燃やす気ですよね?嫌ですっ」
謙信「ほう……?では報酬を変えて欲しいと?」
「はい」
なんでもいうことを聞くと言った手前気が引けるけど、現代に帰れる日が来るかもしれないと思うと現代服を手放したくない。
謙信様は私の頭に手をやり、伊勢姫が綺麗に結ってくれた髪を下ろしてしまった。