第32章 私と恋愛する気ありますか?(謙信様)
謙信「この髪をまとめたのは……お前か?」
「いいえ。謙信様と別れたあと水浴びをしていたのですが、途中、明かりの油を足しにきたという若い女中さんがやってきました。
その方は私の背中を流すよう命じられたと髪と背中を洗ってくれました」
謙信「それで…」
続きを促す声が凄く思い詰めているふうで、今度はこちらが謙信様を心配する番だった。
「最近髪のお手入れができていないと私が言ったら、自分が使っている馬油を持ってきて髪に塗ってくれたんです。
この髪をまとめてくれたのも、その女中さんです」
謙信「その女中は…どんな女だった?」
(謙信様はあの女中さんのことを知っている…?)
それも顔見知りとかそういうレベルではなく…だ。
そう考えてみれば、あの女中さんもお傍に仕えられなかったと言っていたわりに謙信様のことをよく知っていたようにも思えた。
新人の女中が『今も昔も』と言ったが、昔からここに居たのならベテランになっているはずで、あの危なっかしい手つきの説明ができないと今さら気が付いた。
2人の関係性は掴めないが、ただならぬ仲だったのではと予感しながら女中さんの特徴をあげていった。
「年齢は15歳前後くらいでした。とても可愛い方で、将来美人さんになるんだろうなという印象でした。
でも年の割にどこか物事を達観しているような感じで、時折儚げな表情をしていました。
髪は黒くて艶々していて腕や手首が本当にほっそりとしていて華奢な感じの人です」
後ろから謙信様の苦しげな吐息が聞こえ、それから呻くように言った。
謙信「その女は俺のことを何か言っていなかったか」
「ええと……好きだと言っていました。今も昔もずっと敬愛している、できることならお傍で仕えたかったと…」
謙信「俺を好きだと?敬愛?
他にはっ…、何か恨み言を言っていなかったか?」