第32章 私と恋愛する気ありますか?(謙信様)
謙信「何があったか知らんが寝間着をそんな着方をして、髪も拭いていないではないか。
まったく子供でもあるまいに何をしている?」
「で、でも……湯殿で……」
謙信「湯殿でなにかあったのか?……っ!?」
私を落ち着かせようと肩に乗った手が急に強張った。
そのまま肩の骨がミシミシ音を立てそうなくらい強く掴まれて、私は顔をしかめた。
鬼気迫った謙信様の表情は息をのむ恐ろしさで、肩の痛みを訴える雰囲気じゃない。
謙信「この髪油は舞のものか」
「だ、だから、湯殿で…って、どうしよう、あの人、誰…」
謙信様も怖いけどお化けも怖くて、口が上手く動いてくれない。
気がはやって何も説明できず、もどかしいといったらない。
謙信「埒があかないな。わかった、まずは落ち着け。
俺がここにいれば怖いことはひとつもない」
謙信様は私の手を握ると、空いている手で背中をポンポンと叩いてくれた。
「謙信様……私、湯殿で…」
謙信「湯殿で誰かと会って何かがあったのだな。
もう少し落ち着いたら聞かせてくれ。今はまだいい…」
「は…はい」
低く落ち着いた声が耳に響き、大きな手の温もりに次第に緊張が取れた頃、謙信様の手が止まった。
謙信「そろそろ大丈夫か?」
心臓はまだドキドキしているけれど、口から出てきそうな激しい鼓動は治まっていた。
説明しようとしてもう一度背後を振り返った。
女中さんは突然消えたから、いつ背後に立たれるかと不安で仕方ない。
謙信「さっきからしきりに背後を気にしているな。
仕方ない、舞の後ろを守ってやる」
形の良い眉が動き、謙信様は私の背後に回って囲うように座った。両脇に謙信様の足が来て、背後から回った両手が目の前で組まれた。
その体勢になってまたしても謙信様が息をのんだ。