第32章 私と恋愛する気ありますか?(謙信様)
女中「髪の毛をまとめさせていただきますね。
ふふ…、綺麗な髪ですね」
「そうでもないんですよ。根元に生えぐせがあって梅雨の時期になると髪型がきまらないんです。
最近トリートメントも全然していないし…あ、髪のお手入れをしていないって意味です。なので少しパサついてませんか?」
女中「そう言われれば…。ならば少しお待ちくださいね」
女中さんはどこかへ行ってしまい5分ほどして手に何か持って戻ってきた。
女中「恥ずかしながら私が髪に使っていたものをお持ちしました。
馬の油を何度も濾して不純物をとり、残っている獣くささを取るために香草や花を乾燥させて砕き、混ぜ込んだものです。
髪を洗って、こちらをつけますと乾く頃にはしっとりさらさらになります」
「ありがとうございますっ!」
少し振り返ってみると、女中さんの髪は艶々していてとてもきれいで、こんなふうに綺麗になれるかなと期待が膨らんだ。
女中さんは髪を洗ったあと香り付きの馬油を塗って髪をまとめると、続けて背中を洗ってくれた。
たどたどしい手つきだけど丁寧に洗ってくれて、必要ないと断らなくて良かったと思った。
「きれいにしてくれてありがとうございました。
髪も凄くいい香り!」
女中「慣れなくて至らず…もしよろしければこちらの油は舞様に差し上げます」
襷掛けして露わになっている腕は折れそうにほっそりしていて、差し出された陶器の器よりも腕の細さが気になった。
支えなければ倒れてしまうんじゃないかと心配になる。
「あなたが使っていたものなのに貰ってもいいんですか?」
女中「ええ。私はもう…」
困ったように言葉を濁したところをみると、彼女は今これを使っていないようだ。
気に入ったものがあるのに新商品が出るとつい浮気しちゃうなんてこと、よくあることだ。
「あ、今は違うものを使ってるとか?
それならありがたくいただきますね」
女中「……はい。使ってもらえると私も嬉しいです。
舞様は殿のことがお好きですか?」
殿、と聞いて誰のこと?と一瞬迷って、ここは春日山城だから謙信様のことかと納得した。